行動・心理症状
(BPSD)

認知症で現れる症状には中核症状の認知機能障害に加え、周辺症状としての「行動・心理症状(BPSD/Behavior and Psychological Symptoms of Dementia)」があります。これは中核症状がもととなって、行動や心理面の症状として現れるものですが、時として中核症状よりも深刻な状況となる場合があります。
BPSDは、脳の機能低下による認知機能障害を引き起こしたところに、患者様のおかれた環境や、その時の心理状態、さらには性格などが関わって発症します。そのため患者様それぞれであらわれる症状は異なり、中核症状と異なって、すべての患者様に一定の症状が出現するものでもありません。
認知機能の低下に伴って、生活の中で物事を今まで通りにうまくできなくなることが多くなります。周囲の方も、今まで通りの関わり方では問題が生じるようになります。そうしたことが影響して、BPSDがあらわれるようになりますが、BPSDを悪化させないためには、周囲の方が患者様ご本人の認知機能や生活機能に応じて、適切に対処していくことが重要になります。
当クリニックではBPSDの様々な症状に対し、生活スタイルや関わり方のアドバイスなどをおこなったり、症状が強い場合は、適切な薬を使用して症状を和らげたりするなどし、BPSDの治療を行っていきます。
行動・心理症状
(BPSD)の種類
行動・心理症状(BPSD)であらわれる症状の種類には、以下のようなものがあります。
- 行動症状
- 暴力
- 暴言
- 徘徊
- 拒絶
- 不潔行為
- など
- 心理症状
- 抑うつ
- 不安
- 幻覚
- 妄想
- 睡眠障害
- など
このほかに「老年期せん妄」と呼ばれる状態のものがあります。これは急激かつ一過性に意識障害、認知機能障害があらわれますが、1日の中で状態が変動します。
BPSDに類似の症状が出現する場合もありますが、認知症とは異なるので注意が必要です(老年期せん妄のページ)。
ただし認知症と合併することも多く、鑑別が難しくなっています。
幻覚
認知症の方が体験する幻覚は、主に視覚や聴覚に関わるものが多くなっています。例えば、部屋に誰もいないのに「そこに知らない人が立っている」と言ったり、存在しない虫や動物を見て「ほら、猫がいる」と指をさしたりします。また、誰も話していないのに「誰かが私を呼んでいる」と訴えることもあります。
こうした幻覚は、脳の機能低下によって現れるものであり、レビー小体型認知症ではとくに顕著に見られます。本人にとっては非常にリアルに感じられるため、否定するとかえって混乱を招くことがあります。そのため、驚かせたり否定したりせず、落ち着いた対応を心がけることが重要です。例えば、「そう見えるのですね」と共感しつつ、安心できる環境を整えることが有効です。
妄想
妄想は、事実とは異なる思い込みを強く抱いてしまう症状です。認知症の方に多いのは、「物盗られ妄想」と呼ばれるものです。例えば、「財布が盗まれた」「誰かが通帳を勝手に持ち出した」といった訴えが典型的です。実際には、財布や通帳を自分でしまい忘れたり、思いがけない場所に置いていたりするのですが、本人はそのことを忘れてしまうため、誰かが盗んだと考えてしまいます。
また、家族が自分を見放したと感じる「被害妄想」や、配偶者が浮気していると思い込む「嫉妬妄想」なども見られることがあります。これらもレビー小体型認知症で多い傾向にあります。こうした妄想は、本人の不安感や孤独感から生じることが多いため、否定するのではなく、「自分は大切にされているという」安心感を与える対応が重要です。「一緒に探しましょう」などと声をかけ、寄り添う姿勢を示すと、落ち着くことが多いです。
抑うつ
認知症による抑うつ状態は、意欲の低下や気分の落ち込みが目立つようになるのが特徴です。例えば、「何をしても楽しくない」「自分は役に立たない人間だ」と口にしたり、以前は好きだった趣味や活動への関心を失ったりします。また、食欲が低下し、食事をとらなくなることもあります。認知機能の低下によって、自分の変化を感じ取り、「迷惑をかけている」「生きていても仕方がない」と悲観的になることが、抑うつの原因の一つです。うつ病と鑑別を必要とされますが、認知症のBPSDとしてうつ状態になることがあります。
さらに、周囲の人とのコミュニケーションが減ったり、家族や介護者と本人にとって十分な関わりを持てなかったりすると、孤独感が深まり、抑うつが悪化することもあります。こうした場合、無理に気分を変えようとするよりも、本人の話をじっくり聞き、「そう感じているんですね」と気持ちを受け止めることが大切です。また、日光を浴びる散歩や軽い運動を取り入れることで、気分の改善を図ることもできます。
徘徊
認知症の方が徘徊するのは、単なる歩き回りではなく、何らかの目的があることが少なくありません。例えば、「家に帰らなければ」と言いながら外へ出てしまうケースでは、今いる場所が自宅であることを認識できず、昔住んでいた家に帰ろうとしている可能性があります。また、「仕事に行く」と言って歩き出すこともあり、これは過去の習慣が記憶の中に強く残っているためです。場合によっては、深夜や寒い日でも外に出てしまい、行方不明になってしまうこともあります。
徘徊の背景には中核症状である記憶障害や見当識障害もありますが、不安や落ち着かない気持ち、寂しさなどのストレスなどの心理的要因により起こる場合があります。また、運動不足などが関係していることもあるため、適度な運動や日中の活動を増やすことが予防につながります。また、「お仕事お疲れさまでした」などと声をかけて安心させたり、室内でできる簡単な作業を用意したりすることで、気持ちが落ち着くこともあります。