せん妄とは

「せん妄」は高齢の方に発症することが多い、意識障害のひとつです。意識の混乱や注意力の低下が突然現れ、時間や場所が分からなくなる見当識障害や注意障害、認知障害などの症状があらわれます。脳の特定部位の機能異常によって引き起こされると考えられており、放置すると転倒や怪我などの事故につながる場合もありますので注意が必要です。
老年期せん妄の症状
老年期せん妄は通常、短時間(数時間から数日)の間に症状が出現し、一日の中でも病状が変化しやすいことが特徴です。典型的には夜間に悪化し、日中には改善するというもので、これらの点が認知症とは異なります。また病院に入院した直後や手術後にせん妄を起こしやすく、「病院せん妄」「術後せん妄」と呼ばれることがあり、旅行や引っ越しなど、慣れない環境において発症する場合があります。
せん妄の主な症状には、以下のようなものがあります
意識や認知の変化
- 記憶が抜け落ちたり言葉が出てこなくなったりする(認知障害)
- 今日は何日か、いまどこにいるかなど、時間や場所がわからなくなる(見当識障害)
- 注意力が低下し、話をしていても集中できず、すぐに気が散る(注意障害)
- 話のつじつまが合わない、関係のないことを話すなど、言葉が支離滅裂になる
行動の変化
- 突然ベッドから勝手に降りる、病室内を歩き回るなど落ち着きがなくなる
- 情緒や気分が障害され、興奮しやすくなり、大声を出す、暴れるなど攻撃的になる
- 逆に極端に無気力になり、ぼーっとして動かない、反応が鈍くなるなどする
- 手の震えなど不随意運動が生じる
妄想や幻覚
- 実際にはいない人が見える、虫が這っていると訴えるなど、幻覚が生じる
- 「誰かに襲われる」と感じるなど被害妄想になる
- テレビの内容を現実だと思い込むなど、現実と妄想を混同する
睡眠障害
- 昼夜が逆転し、昼間は眠そうにしているのに、夜になると興奮する
- 夜間の興奮や徘徊が激しくなる。「家に帰る」と言って外に出ようとすることもある
- 終日ぼやっとしている。
老年期せん妄の原因
老年期の方がせん妄を起こしやすい理由としては、加齢に伴う身体的要因や、薬物の影響、複数の疾患を抱えていることなどが考えられます。また身体的、精神的に負荷がかかるなど、強いストレスを感じたときに、せん妄が引き起こされる場合もあります。
以下のような場合に、
老年期せん妄が引き起こされることがあります
身体的要因
高齢の方では身体機能が低下しているため、わずかな体調の変化がせん妄の引き金になります。例えば、感染症(肺炎や尿路感染症)、脱水、電解質異常(ナトリウムやカリウムの異常)、便秘、疼痛、低血糖、脳卒中などが原因となることがあります。また、手術後の痛みや麻酔の影響もせん妄を引き起こしやすくなります。
真夏の高温にも関わらずエアコンをつけずに過ごしていると多量に発汗し電解質異常をきたしせん妄になることがあります。
薬剤の影響
高齢になると複数の薬を服用することが多く、薬の副作用や相互作用によってせん妄が発生しやすくなります。主に抗コリン薬、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬、鎮静薬、抗精神病薬、鎮痛薬(オピオイド)などが影響を及ぼすことがあります。また、新しい薬の開始や急な中止もせん妄の要因になります。
環境の変化
入院や施設入所など、慣れない環境への移動がストレスとなり、せん妄を引き起こすことがあります。病室の騒音や夜間の照明や昼夜逆転なども影響します。とくに認知症のある高齢の患者様は環境の変化に敏感で、せん妄を起こしやすい傾向にあります。
精神的・心理的要因
不安や抑うつ、睡眠不足、感覚刺激の減少(視力や聴力の低下による孤立感)もせん妄の原因となります。長期間の入院や家族との交流不足が心理的なストレスとなり、せん妄を引き起こすこともあります。また眼鏡や補聴器があっておらず感覚が遮断され、発症の原因となることもあります。
基礎疾患や認知症の影響
認知症のある高齢者は、脳の予備力が低下しているため、せん妄を起こしやすいとされています。アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症の患者はとくにリスクが高く、少しの刺激でも意識障害が起こることがあります。
老年期せん妄の診断
せん妄は、血液検査や画像検査において異常が認められるものではありません。このため、症状経過や年齢、患者様が置かれている状況、病歴、服用している薬、ご家族のお話などを総合的に判断して診断を行っていきます。
ただし、脳の疾患やホルモンの異常などが、せん妄とよく似た症状を引き起こす場合があるため、必要に応じて頭部のMRIやCTなどの画像検査や脳波検査、血液検査を行う場合があります。高齢の患者様では認知機能の低下とせん妄の区別が難しいこともありますので、何か異常を感じましたら、当クリニックまでお気軽にご相談ください。
老年期せん妄の治療
せん妄の多くは、様々な疾患や薬の影響、環境の変化、ストレスなどが原因と引き起こされます。そのため、まず、原因となるものを特定し、それらを取り除くことが重要になります。
たとえば感染症などが影響している場合は、抗生剤を投与するなどの治療を行います。また脱水症状や電解質異常などがある場合は、点滴などにより水分や栄養を補給します。さらに疼痛や便秘はせん妄を引き起こしやすいため、積極的に緩和治療を行っていきます。
薬剤が原因となっている場合は、治療を妨げないように配慮しながら、その薬剤を減量、中止します。オピオイド、ステロイド、ベンゾジアゼピン系薬剤、抗コリン薬、麻酔薬などはせん妄を誘発しやすいため、注意が必要です。とくにベンゾジアゼピン系薬剤は中止を検討します。
このほか症状が強い場合や、原因からのアプローチが難しい場合は、薬による治療で症状を改善します。主なものとしては、せん妄による興奮や錯乱を抑える抗精神病薬(リスペリドン、クエチアピン、ハロペリドールなど)、睡眠障害がひどい場合に用いるメラトニンやラメルテオンなどの薬があります。なお、ベンゾジアゼピン系はせん妄を助長させることがあるため、基本的には使用を控えます。また痛みが原因の場合は適切な鎮痛薬(アセトアミノフェンなど)を使用することもあります。
老年期せん妄の治療にあたっては、何より患者様が落ち着いて、ストレスなく過ごせることが重要になります。環境の変化が大きく影響する場合もありますので、普段の環境をなるべく大切にすることが重要です。入院している場合などは、昼間は日光を取り入れ、日常と変わらず昼夜の区別がつく状態にする、時計やカレンダーを置いて時間の感覚を維持する、といったことが症状の改善につながります。またご家族や親しい人と積極的に会話することも大切です。せん妄の期間は見守りが重要となります。せん妄でお困りの方はご相談ください。